初めての秋休み

エマです。

大分寒くなって来ました。

学校が秋休みに入り、初めての学校の休みに、まだ頭がハテナ?状態の長男。とはいえ私も在宅勤務があるので、次男共々、幼稚園内の学童へ。長男が一緒で安心の次男、泣かずに登園出来ています。学校がない分、朝もいつもよりゆっくり出来るのが嬉しいです。

長男の通うそろばん教室の側に大きな公園があります。比較的新しく、面白そうな遊具が沢山あるその公園の存在を、私自身は既に知ってはいましたが、大きな車道の向こう側にあって、大きな木々に遮られてあまり目立たず、長男は気づいていませんでした。先週の教室が一階から二階に急遽変更になった事で、窓から見える公園を発見。教室が終了すると大興奮の長男。遊びに行きたいと言いましたが、既に時間も遅くて、お腹を空かせた次男と旦那が我々の帰宅を待っています。仕方なく見るだけ、という約束で偵察へ。時間遅かったものの遊んでいる子供たちも結構いました。長男は新しい公園とその遊具にもう嬉々として、土曜日に次男と遊びに来ようと大騒ぎ。何とか宥めて帰路につくも、次男と旦那に嬉しそうに公園の話をする長男。

翌日の土曜日、約束した自宅学習を朝一で済ませた長男、頑張りました。そんな訳で、家族揃って皆でその公園まで行って来ました。朝早い方が遊んでいる子供たちが少ないので、順番を待ったりする事なく遊べるし、このCOVID-19の折、あまり接触せずに済む為、我が家では公園へ行く時は大抵午前中。道すがらそろばん教室の場所を教えてあげたり、その敷地内に生えている大きな栗の木から栗が幾つか落ちていたのでゲット。道草しながら歩くのも楽しいです。

そしてやって来た公園。クルクル回る系の遊具が二つ。これも勢いがある時、投げ出されたり、小さい子がトコトコ入ってきてしまったら激突して大けがしそうな遊具。私も遊具を回してあげながら、頭をしたたかぶつけました。

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また、大きなドングリの木があって、あちこちにこれまた大きなドングリが落ちていて拾ったり、大小二つのジャングルジムも近所の公園の物とは違って面白い。雲梯がついていたり、ロッククライミングが出来たり、少し子供たちには難易度が高いけれど、楽しんで遊べていました。遊具に目がいきやすい為か、砂場はそんなに遊ばれていませんでした。シーソーやその他の遊具も沢山あり、小さい子も大きい子も遊べて楽しい公園。

一方で気乗りしないものの一緒について来た旦那は、公園内に植えてある桐の木にいたくご執心。盆栽にしたいなあ、と研究していました。桐の枝は高い所になるので、葉や種に手が届かないのが難点。小さな種はそのまま地面に落ちてしまうと、土の上で探し出すのは最早不可能。兎の糞やモグラの作った土塊と間違えそうです。友人の一人が庭師の資格持ちなので、桐の事も訊いてみようかなと思います。とは言っても、狭いベランダですから、そんなに沢山の鉢は置けないのが悲しい。既にカスター二エンやアカシヤ、椎の木やらを植えた鉢が所狭しとあるのです。水栽培から鉢植えに植え替えたアボガドも元気に育っていて、その緑の葉色が目の保養です。

まだ遊び足りない子供たち、お昼になったので引き上げます。家路への道すがら、そろばん教室の栗の木から落ちた栗を数個広い、紅葉の綺麗な落ち葉やドングリと共にお持ち帰り。栗は、家で甘藷を茹でた際に一緒に鍋に入れて茹でました。そんなに甘くないけれど美味しかった!もっと栗を買ってこようかな。栗向きカッターが欲しくなってしまいます。クリスマス市には焼き栗のお店が出店するので、毎年嬉しく購入するのですが、今年はクリスマス市が開催出来るのかどうか・・・。

午後からは雨が降り出して寒くなり、午前中に公園へ行っておいて良かったね、と子供たち。午後は家に籠ってLEGOをしたり、TVを観たり。肌寒くなってきた今日この頃、体温の高い子供たちにくっついて癒されます。

では皆さんもお身体ご自愛の上、素敵な秋をお過ごし下さい。

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秋も終盤

エマです。

ドイツの秋は実りの秋。林檎や葡萄ら南瓜、花梨が美味しい季節です。そしてヘーゼルナッツやカスターニエン(西洋栃の木)、団栗と、冬籠りに備えたリスや遊び道具にする子供たちには嬉しい季節。もう落果は終盤を迎え、秋深くなってきました。

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ヘーゼルナッツはリスの大好物。幼稚園の前には立派なヘーゼルナッツの大木が数本あり、テリトリー争いをするリスたちを毎日見かけます。

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胡桃を運ぶリス。

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カスターニエンは宝石みたいに、艶やか。

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今年も向日葵の種を収穫出来ました。向日葵は朝顔と同じで育てやすく、子供たちにも楽しく観察が出来るので、また来年も育てたいと思います。朝顔もやってみようかな。花が咲く植物は、花が咲くという結果を見る事が出来るだけに育て甲斐がありますね。はっ、蓮華は9月が撒き頃だった。まだ間に合うかしら。

もう10月。10月末にはサマータイム終了です。何だか時間が飛ぶように過ぎて行きます。こうして可もなく不可もなく、健康に過ごしてゆく事が出来るのは幸い。これからの寒い季節、皆さんもお身体ご自愛下さい。

 

 

 

 

お小遣いについて考えてみた

エマです。

長男がこの度小学校へ上がった事もあり、自分たちが子供だった頃を振り返りつつ、お小遣いについて考えてみました。

 

旦那の場合

基本的に、必要な物は親に買って貰っていたので、月々に決まったお小遣いはなかったそうです。近居の祖母からは大学生になっても、毎月お小遣いを貰っていました。とはいえ、両親共々、質素に倹約するタイプなので、お小遣いをねだったりする人ではありません。あくまで孫可愛さから祖母がお小遣いを渡していたという感じです。また、ドイツでは誕生日やクリスマスには現金を貰う事もあるし、思春期からは、柔道のトレーナーをして報酬を貰ったりと、小遣いは基本自分で稼ぐ人でした。

 

私の場合

旦那と同じく、必要最低限の物は買い与えられていたので、小遣いは学年x100円でした。6年生なら6x100=600円。周りの同級生に比べて、小遣いもお年玉も少なかったです。我が家は裕福ではありませんでしたし、子供が3人もいたので、小遣いは家計を圧迫するのです。たった100円、されど100円。母は少ない家計費から何とかやりくりしてくれていました。また、お手伝いして小遣いを貰う制度は我が家にはありませんでした。お手伝いは生活共同体として、お互いが当たり前のようにするのが我が家のルールでしたので、「お金を貰う為に手伝い」というのはなしでした(勿論、各家庭により考え方は違うと思います)。また、自分の小遣いなのに、何かちょっとした物を買うのも買い食いも禁止。幾らか貯めて、母が許可した物のみ買う事を許されていました。なので、当時流行っていた、匂い玉、ロケット鉛筆、可愛い文具やシールなどは買う事を禁止されていました。買った物といえば、トシちゃんのプロマイドとファンシーショップで買った可愛いクマのショルダーバッグくらい。自分の小遣いで、自由に買う事を許されるようになったのは中学に上がってからですね。

 

我々としては長男の小遣いは、学年x1ユーロが妥当かなと思っています。とはいえ、時々貰う事がある日本の硬貨やドイツの小銭を財布から出して、その辺にうっちゃらかしている子供たち。その様子に旦那は御立腹、お金を大切に出来ないうちは小遣いなしだそうです。また、長男は毎日のように、アレが欲しい、コレが欲しいと言い、お金があったらあるだけ全部使い切る勢いの欲望があります。自分の小遣いだけれど、どこまで自由にさせるかなどの課題も今後出てくると思うので、ここは夫婦で事前に話をすり合わせておく必要がありそうです。後は羨ましがる次男への対応も考えておかねば…。

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算盤しながら小遣い帳でもつけさせるのも良いかも。

 

 

 

 

正代、おめでとう!

お相撲大好き、エマです。

関脇・正代、初優勝です。おめでとう!

ここ最近は優勝戦に絡む事が多く、徳勝龍に負けて優勝を逃すなど、悔しかった事もありますが、ようやく努力が実りました。本当に嬉しい限りです。大関昇進もほぼ確定の正代、次回も楽しみです。

対戦相手の翔猿もまた良かった。小さいながらもガッチリした体躯、この場所は身体全体からやる気に満ち満ちて、調子が良さそうでした。そして、勝っても負けても嬉しそうに取り組むところも観ていて気持ち良かったです。最後に正代に負けた瞬間、男泣きしましたね。今迄の努力があってこその悔し涙。次回、番付が上がりますが、是非また気持ちの良い相撲を見せてくれる事を期待します。

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11月場所が楽しみだ〜

 

 

最近長男が好きな事

エマです。

義両親宅の古いルービックキューブを貰い受け、ハマり出した長男です。旦那とYouTube で解き方を見ながら、昼夜手元に置いて遊んでいます。こういった没頭系玩具が好きみたいです。オセロやチェスも大好き。次に日本へ帰省する際は、亡き父の将棋盤を貰い受ける事になっている。まずは回り将棋で遊ぼうぜ!将棋出来るけど苦手だし、ルールうろ覚え…。

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新しくネオン色の物も購入。真ん中の蓋を開けてるとネジがあり、回転具合を調節出来ます。

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次男も小さな2x2版に挑戦。通常の3x3x3版のやり方とは違うので、兄弟共に戸惑い気味。まぁ、私にはさっぱりな代物なのですが、楽しめているようなので良かったです。

我が家が買ったのはこんな感じのネオン色↓

昔のルービックキューブはステッカー式で色付きシールが貼ってある物が主流でした。なので義両親から貰った物とステッカーレスの新品の違いにも、子供たちが気付き、その観察眼にも感心。

もうすぐ敬老の日、先日長男が日本語学校でカードを作ってきました。

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父は既に亡くなっているので、本当は母へ書くはずでしたが、おじいちゃんのお骨の所に置いて欲しいと書いてきました。おじいちゃんへの思い、伝わったよ。とはいえ急いで、おばあちゃんにもカードを準備せねば…。

 

 

 

 

U先生と私

エマです。

以下長文です。

読書家の母は実家に立派な本棚を持ち、暇さえあれば、そして隙あらば本を開いている人です。にも関わらず、不思議な事に、子供である私たち三姉妹に本を読めと強いた事はついぞありませんでした。読み聞かせなどしてくれる親でもなかったし、結局三人揃って小さい頃から読書をする習慣はなかったです。

ただ幼稚園で、半ドン保育の土曜日に貸し出される福音館書店の絵本は大好きで、土曜日が楽しみでした。それらの絵本は現在もベストセラーですから、自分の子供たちにも愛読して貰いたくて、購入しました(本音は自分用)。また、この頃は、町立図書館で紙芝居を借りるのが好きでしたね。そういえば、次男の保育園のクラスの親日の先生が紙芝居が好きで、日本の紙芝居のドイツ語翻訳をよく読み聞かせてくれていました。

小学校では図書室が自分の教室の隣にあったので、掃除当番になった時や昼休みに入り浸るのが好きでしたが、読書をするというより、級友たちと世界七不思議や学校の不思議な話で盛り上がったりする空間でした。

中学校では、矢張り読書なんて夏休みの読書感想文を書く為に課題図書を借りる位でしたが、図書委員には進んで手を挙げてなっていました。この頃本に興味を持つようになって、何となく司書という職業に憧れたり。しかしこの時期は漫画やアニメにのめり込んだ時期で、読書はあまりしませんでした。とはいえこの頃、読書というと、読了した達成感を感じられる、読みやすいライトノベルを読む事が多かったです。天邪鬼な私は、何だか人の手垢の付いたようなチヤホヤされた純文学やベストセラーは読みもしないうちから敬遠しており、夏目漱石「吾輩は猫」や森鷗外舞姫」、太宰治人間失格」、三島由紀夫金閣寺」など代表的な本を読んだことすらありませんでした。まだまだ精神が未熟でした。

高校時代から本を読むようになり、大学時代は貪るように純文学を読みあさりました。そして社会に出て、就職先の先輩たちは自分よりも7-15歳年配の方々ばかりでしたが、昔の世代の方々というのは面白い位、純文学の代表作を読み込まれた方が多く、それら作品や作家について会話出来るのが楽しかったです。私が口にする作品は皆さん読了されていますから、会話が直ぐに成り立つのか嬉しかったです。その先輩たちが職場を離れ、自分にも後輩が出来るようになると、本に関する会話が成り立ちませんでした。過去の自分を見ているようでした。

少し戻り、高校時代。雉子が飛んでいるような長閑な地元の、当時中堅どころの公立高校でしたが、コミュ障なのもあり、隣のクラスに何人か友人は出来ましたが、肝心の自分のクラスでは、オタクな地味子で浮いた存在。別に虐められていた訳でもないし、中学時代の同級生たちが多く進学してきたので、クラス内でも必要範囲内で親しい会話もしたり、でも自分はどこへ所属した人間なんだろう、なんて煩悶する思春期を過ごしました。その所為か、よく腹痛を起こして保健室の常連でした。そして成績不振で赤点ばかり取って、出席日数が皆勤なのに進級がいつもギリギリ、理系科目の先生たちが何とか補習や追試だとかで下駄を履かせてくれて親身に助けてくれました。そんな崖っぷちスクールライフを送っていた小娘でしたが、そんな中にも楽しみな時間があったのです。

それは現代国語の時間でした。中学校時代には、国語の先生に恵まれませんでした。よく試験に「この作者はこの時どう思ったのか」「あなたはどう思うか」的な読解があると思うのですが、模範解答でないと評価してくれない先生ばかりでした。作者本人でないのに、また自分が感じた事を、世間多人数の許容する道徳観に当てはめて、それらと違う事を全否定される訳です。だから小学校の頃から好きだった国語の時間は、中学校に上がってから徐々に苦手になっていきました。

しかし高校で幸運にも、現国の先生に救われる事になったのです。当時の記憶が少し曖昧ですが、自分が高校1年2年の時に現国を受け持っていたU先生は常勤ではなく(もし違ったらすみません!)、自分の夢に向けて、二足の草鞋を履いた先生でした。

コミュ障の私自身は、直接U先生と積極的に会話したりした記憶はありませんが、U先生と言えば、教科書を使わない、藁半紙の人でした。自分の選んだ本の、自分で選んだ箇所を、これでもかという程に藁半紙に印刷して来るのです。これをまず教室で配るのが一仕事でした。かけがえのない2年間、U先生と紐解いた作品はこちら(当時習った順番で。自分の心の中を掘り下げる為の順序なのかと今になって思います)。

 

大岡昇平「野火」

坂口安吾「桜の下の満開の下」

遠藤周作「沈黙」

夏目漱石「こころ」

 

遠藤周作の「海と毒薬」もこの時読んだのだったかだけ、記憶が曖昧ですが、これも中々読み応えがある作品でした。
大岡昇平「野火」は、親しかった級友の女の子が、その描写から気分が悪くなって「こんなのヤダ〜」と嘆いていましたが、色んな意味で教室を騒つかせる作品でした。作品が読まれる静かな教室にU先生は一石を投じた訳です。若い私の心も騒つきました。この作品に関する考査試験では、登場人物の心情に関して問われました。その時の私はかなりどっちつかずの解答をしたのを覚えています。極限まで追い詰められた状況で登場人物の取らざるを得なかった行動を正当化しつつも、正義感や偽善から否定するという矛盾。当時の私はまだ未熟で若く、子供の言い訳のような矛盾した2つの感情を、表に書ききれずに、試験用紙の裏面にまで、つらつらと書き綴ったのでした。ああ、ダメだなと思いました。模範解答は屹度、「人間の尊厳を捨てた主人公は後悔の念に後々苦しむだろう」「死して尚、人間の尊厳を」みたいなものに違いないと思いました。相反する2つの答えを書いてはいけなかったとも思いました。しかし、馬鹿正直な私にはどちらが正しいとも答えを見つけられなかったのです。模範解答の選択肢は1つしかないと思っていたので、自分の解答は駄目だなと思いました。そうして戻って来た試験用紙には、バツを付けられる事もなく、添削される事もなく、U先生の感想が、先生の言葉で数行書いてありました。私の心の中の葛藤を理解した上で、コメントしてくれているのが伝わってきて、とても嬉しかったのを今でも覚えています。自分の頭で考えて自分なりの言葉で表現する事が評価の対象である事、そこに正しいとか間違いだとかの二択は存在しない事、そしてこの先生にならば、自分の思うところを紙面いっぱいぶつけても良いのだと、信じる事が出来たのでした。

その後U先生と紐解いた作品はどれも自分ごとのように、自分に向き合う事が出来、現在に至るまで、何度も読み、その時その時の置かれた自分の状況によって、様々な問いかけが生まれ、良き心の友となりました。

仲の良かった大好きだった友人が自死した時、それを自分の所為ではないか、止める事が出来たのはないかと自分を責め悩んだ時、日本人としてのカトリシズムに悩んでいた時、日本から遠く離れた異国の地で行き詰まり、苦しくて苦しくて死のうと決心して、冬の凍てつくような寒い日に水門の前に立った時、はっと我に返る事が出来たのは、こうした愛する作品たちが自分の心の中にあったからでした。

U先生と紐解いた作品たちは、いつまでも私の人生の糧となり慰めとなっていってくれる事と思います。たかが本、されど本。信仰も然り。神様を信じないで生きていける強い人は少数。神様や家族、好きな趣味、なんだっていい。ただ或るものを信じたり、或るものに愛着があったり、信念があったり、そうしたものが人生を歩む上で、心を軽やかにしてくれたり、心を支えてくれる糧となりえると思える人は幸いかな。

私は今日も元気に生きてゆく。

 

こころ

こころ

 

 



 

 

 

 

 

 

次男、登園拒否中

エマです。

3月中旬から5ヵ月間、COVID-19 による外出自粛の為、自宅にいた子供たち。5月中旬には徐々に幼稚園が再開していましたが、私が今も在宅勤務中なので、登園は見合わせて自宅待機していました。しかし、8月中旬に小学校へ就学した長男に合わせて、次男も幼稚園への登園を再開しました。

元々、去年から早朝2時間だけ小学校の準備コースへ長男が通っていたので、次男が先に幼稚園に通園し、長男が戻って来るのを待っていました。この時点では次男も素直にバイバイ出来ていましたが、現在登園の際に泣くように。矢張り5ヵ月後に突然1人ぼっちでの登園は心細いのでしょう。また我が家が休園していた間にリーダーで、子供たちが心を許すJ先生が定年退職してしまった事、そして先週次男が大好きだったM先生が別の幼稚園へ移動になってしまった事などの色々な事が重なり、次男には幼稚園がストレスなようです。新しくきた何人かの教育実習生にも馴染めておらず、次男が頼れる先生がいないのも辛いみたいです。長男の授業が終わって、幼稚園内の学童へ来ると楽しく遊べてはいますが。

教育実習生や新しい先生も、泣いている子がいても、優しい言葉をかけるでもなく突っ立っているだけ。昨日今日と、次男が朝泣いていると、見兼ねた料理・雑務担当のトルコ人のFさんがわざわざ昇降口までやってきて、優しく次男を慰めて寄り添ってくれました。Fさんは幼稚園教諭資格保持者ではないけれど、いつも子供たちに寄り添ってくれる優しい人。子供たちもFさんが大好きです。

そんなこんなで登園拒否中の次男、ここ暫くほぼ毎日おねしょをしています。就寝時に沢山給水する次男ですが、その所為だけではなく、最近の心細さやストレスで、おねしょをしてしまうのではないのかな、と思っています。

今までは長男と登園し、長男にくっついて皆と遊んでいましたが、今は1人で登園し、1人で友だちに向き合わなければなりません。年長さんに悪戯されたり揶揄われたり、長男がいれば大丈夫だった事が、1人で立ち向かうにはまだまだ経験が足りない。次男、新たなステージに上がったところ。幼稚園ではもう年中さん、お兄ちゃんと共有する世界だけでなく、自分だけの新しい世界を作っていこう。こうやって世界が少しずつ広がっていくよ。

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最近遊んでいる、ぐてたまのたまごっち。私ばかりが面倒見てるんだけと…。動物飼いたいとか言う割に面倒見ないんだな。